【発達障害】おムコさんの『生きる喜び何処ですか?』

【生きづらさ】を抱える【発達障害】のおムコさんの頭の中を書き出してみました

10代必見!人生のヒントあります

どうも、ゆずゆのパパです。

 

今回のテーマは【進路】です。

なぜ今回、このテーマにしたのかというと、僕自身が【自己分析】を誤り、【進路】を見失い、30代後半になっても人生の路頭に迷っているからです。一児の父として本当に情けなく思います。

 

僕は発達障害と診断されつつあります。

今のこの現状(転職を繰り返し、現在は適応障害で休職中)が、発達障害のせいだと思っていません。

また、決して発達障害が悪いものであると言っているのでもありません。

 

このブログを読んでくださる方、特に10代の方に声を大にして伝えたいことがあります。

 

それは、【自己肯定感】をたくさん味わってください!

 

小さな成功体験を積み重ねて、大きな【自信】としてください。

生きていれば、嫌なことも失敗することもあります。それでも、自分を責めないで、自分自身を認めて、失敗を繰り返さないように次に活かすことを忘れないでください。

 

その経験は、結果的に自分を肯定することになり、自分を大きく成長させ、【自信】となって形として現れるはずです。

 

僕の訴えでは説得力が無いかもしれません。

 

しかし、少なからず、僕の周りの人で生き生きと【自信】を持って活躍している人達は、笑顔で輝いています。

 

 

人生の中で、大きな決断をすることの1つに【進路】があります。おそらく、人生の序盤に訪れる大事なことです。これが人生の分かれ道となり、今後の生き方を大きく左右すると言っても過言ではありません。

 

人によっては、早い段階で【目標】を見つけ、それに向かって計画的に歩み出すことができると思います。

 

しかし、そこにも、小さな【決断】が数多くあります。それを自分の考えや意志で、自分にとって正しいと思う方向へ舵を切って、判断をしていかなくてはいけません。

 

そんな時でもまず、自分を【肯定】することから始めましょう。

 

「自分は○○だからできない」

「どうせ○○だし無理だよ」

「自分なんか...」

 

僕自身、ずっとこんな感じで考えてきた結果が、

自閉症スペクトラム障害(ASD)となって表れてきてしまったんだと思っています。

 

今こうして書いているブログを、幼少期の自分にも読んでもらいたい気持ちです。

また、絶対に自分の子供には、パパみたいにならないように言い聞かせます。

 

だから、今もし【進路】で悩んでいるなら、その【決断】をする自分自身を誉めてあげてください。前に進もうとしている証なので。

 

僕は、精神障害者手帳を申請して、障害者として人生を再スタートすることが自分にとって良いことだと【決断】しました。

 

世間からの風当たりは強いかもしれません。しかし、それが自分らしく生きるために必要だと信じています。

 

 

 

あなたの周りの凸凹さん

どうも、ゆずゆのパパです。

 

みなさんの周りにも、僕みたいな人、いらっしゃいませんか?

今回は、大人の発達障害についてです。

 

このブログから読んでくれている方もいるかと思うので、改めて簡単に自己紹介します。僕は現在、大人の発達障害と診断されつつある状態です。中でも、自閉症スペクトラム障害(ASD)と言われています。今後、精神障害者手帳の申請に移行する予定です。

 

僕はこれまで生きてきた中で、なんとなく違和感というか『生きづらさ』を感じていました。それが何なのか長年分からず、悩んできました。しかし、発達障害という言葉を知ったときに、スーッと気持ちが楽になったのを覚えています。

 

僕は専門家ではないので、大人の発達障害について説明できません。しかし、自分の性格や特徴ならお話しできるので、書き出してみたいと思います。

 

【ちょっと変わった人】では済まされなくなりました

 

僕の場合、社会人になってから会社でのトラブルが目立つようになりました。無事に地方の大学を卒業しましたが、明確な目標が見つからず、なんとなくで就職しました。その時までは、なぜか自分は『できる』と思っていて、やる気だけはあったのですが、すぐに社会の壁に打ちのめされました。

 

僕はむしろ、人よりも『できる』と思っていたことが、周りと比較するとなんだか『ちょっと変だな』と思い当たることが増えてきたのです。社会人として同期の人がそつなくこなすことも、自分だけがうまくいかず、常にプチパニック状態でした。

 

よく職場ではよく

「○○さんっていつも、パニクってる人でしょ?」

「おまえは、喋らなければ良く見えるのに、もったいない」

と言われていました。

 

そんな僕の性格と特徴です▼

 

〇僕の性格・特徴

  • 臨機応変が苦手
  • 対人関係がうまくいかない(コミュニケーションが苦手)
  • 本能的に自分の関心・やり方・ペースにこだわりがある
  • 他人と目を合わせられない
  • 皮肉やたとえ話を理解できず、文字通り受け取る
  • 小さな変化に苦痛を感じる
  • 雑談ができない
  • なぜか怒られる
  • 音や光に過剰に敏感である
  • 会話が一方的である

 

書き出せば、まだまだあります。

このように、周囲への影響がみられるようになって初めて、生きていくのが『苦しい』と感じるようになりました。

 

自閉症スペクトラム障害(ASD)じゃなくても当てはまる人が多くいると思いますが、日常生活や職場で困難が生じてきてストレスを抱える人がいることも事実です。

 

幸い僕は、早い段階で心療内科に受診したおかげで、精神が安定して生活できています。人によっては、重度の【うつ状態】になってしまう人もいます。

 

みなさんの周りに思い当たる人はいませんか?

その人を理解してあげることで、本人はとっても救われます。

 

 

 

 

3割⇒1割!届きました!

どうも、ゆずゆのパパです。

 

みなさんは、【自立支援医療(精神通院)】という言葉を知っていますか?

僕はこれまでずっと知りませんでした。知ったのは適応障害となり、心療内科に通院するようになってからです。

 

どんな制度なのか簡単に説明すると、

 

 ①対象者 精神疾患のために通院し、医療を受けている方

 ②内容  〇自己負担が原則1割

      〇本人の属する世帯の所得や収入に応じて、毎月の限度額が決まる

      〇診断書の提出が2年に1度となる

      〇毎年再認定の手続きが必要になる

 

精神疾患になり、通院している人にとっては、大変ありがたい制度です。毎回の通院で、約¥3000円の医療費が掛かっているので、家計的に大変でした。

 

しかも、心療内科の通院はいつまで続くのかわかりません。長期化すればそれこそお金の問題が大きくなります。

 

特に僕は、子供がいて自分の医療費はできる限り抑えたいと考えていたので、この制度を知ったときは救われた思いでした。

 

知ってすぐ、精神内科の先生に相談して申請の手続きをするための診断書を書いていただきました。その後、市役所で申請手続きをして、待つこと約1ヶ月。

 

ようやく届きました!

 

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精神疾患で悩んでいる方でご存じない方は、是非この制度を活用して、お金の心配を最小限にすることをおすすめします。

 

 

 

 

脳を検査してみた

どうも、ゆずゆのパパです。

 

初めてのMRI

僕は、以前から頭痛に悩み続けています。

症状としては、左脳がぼんやりとした痛みがあります。

痛みが気になって集中できない時もあります。

普段の生活で困っていることがいくつかあり、人と関わることに不安が生じます。

それは、

 

  • 考えていることをうまく言葉に表せない
  • すぐに言葉に詰まる
  • 聞き取りにくい
  • 聞き間違いや聞き逃しが多い
  • 電話の受け答えができない
  • 最近の記憶を忘れる
  • 物覚えが悪くなった
  • 名前が出てこない

 

などなど、様々です。

 

原因が何なのかわからずに過ごすのは良くないと思ったので、今回初めて【脳神経外科・内科クリニック】を受診しました。

 

また、僕のように発達障害の人は脳の一部の機能に問題があると聞いたことがあるので、念のため医師に確認に行きました。

 

頭を固定されて、大きめの音の中、目をつぶってじっと耐えること 約20分。【MRI】の検査は終了しました。

 

検査結果

今のところ、脳に異常は診られないとのことでした!

脳の血管もキレイな状態で、詰まったり破裂しそうな状態ではないそうです。

脳の発達に異常があるのか聞いたところ、正常の範囲内とのことだったので安心しました。

 

おそらく、今飲んでいる【精神安定剤】【睡眠導入剤】の副作用が頭痛やめまいを引き起こしているのではないかとの診断です。

 

ずっと、モヤモヤしていたことがスッキリ解決したので良かったです。

しかし、初診ということもあり、お会計が¥6,500円以上でした。

みなさんも、健康第一なので悩む前に気になったら、早めの受診をおすすめします!

 


 

 

転職経験9回!今の会社も辞める予定です…。

どうも、ゆずゆのパパです。

 

先日のブログで、所属している会社に、4回目の休職申請のため、面談をしてきましたことをお伝えしました。

その結果、退職することになり、退職時期は未定のままです。

 

またまたまた…退職して転職活動することになります。

 

最近知ったことですが、僕のように自閉症スペクトラム障害(ASD)の人は、仕事が長続きしない傾向にあるということです。自分の特徴を理解して、自分に合った、できる仕事・職場環境を見つけるって難しいですね。

 

そこで、今回は、僕の転職の変遷を簡単にご紹介します。

 

『最近まで、自分はできる人と勘違いしていた』

大学卒業後の人生はこんな感じです。

  1. 金融機関の正社員(1社目)
  2. 運送会社の契約社員(2社目)
  3. 製造会社の派遣社員(3社目)
  4. 製造会社の契約社員(4社目)
  5. 福祉施設の正社員(5社目)
  6. 福祉施設の正社員(6社目)
  7. 福祉施設の正社員(7社目)
  8. 請負会社の正社員(8社目)
  9. 製造会社のアルバイト(9社目)
  10. 製造会社の正社員(10社目)

 

まず、社会人1年目はやる気満々でした。

しかし、すぐに自分の無力さに挫折し、負のスパイラルに陥ります。

 

就職⇒退職⇒ひきこもり⇒アルバイト⇒転職⇒退職⇒転職・・・

 

その後、心療内科で最終的に自閉症スペクトラム障害(ASD)と診断されました。

 

転職を繰り返すうちに、自分はなんで仕事が続かないのか悩むようになりました。ちょっとしたことでストレスを抱え込んで、徐々に心が窮屈になって突然、辞めてしまいます。これ以上、同じことを繰り返したくありません。

 

今後は、公的な支援を受けながら、自分の特性に合った仕事を見つけたいと思っています。精神障害者手帳を取得し、就労支援事業所などの利用も検討しています。僕と同じように悩んでいる方も多いのではないでしょうか?

 

少しでも、悩んでいる方のヒントになればと思ってブログを書いています。

ひとりで悩まずに、誰かに相談すると気持ちが楽になります。前向きに生きていきましょう。なんとかなるさ。

 

 

 

家庭崩壊!?…義理の両親と同居5年目

どうもゆずゆのパパです。

 

僕は結婚した当初から、義理の両親と同居です。

苗字も変わった、いわゆる【おムコさん】です。

 

同居生活が始まり、約5年が過ぎました。ついに、家庭崩壊が目の前に迫って来たので、日々の出来事を含め、その要因を分析してお伝えしたいと思います。

 

これまで、投稿してきた僕の自閉症スペクトラム障害(ASD)の発覚、今後の精神障害者手帳の取得に関しても引き続き書いていきますので、宜しくお願いします。

 

今後、僕のような【おムコさん】を発生なさないことを願って、役に立てれば幸いです。

 

 

 

行ってきました!

どうも、ゆずゆのパパです。

 

先ほど、所属している会社に、4回目の休職申請のため、面談をしてきました。

その結果をご報告します。

 

結果は...

 

除籍することになりました。

つまり、退職ということです。

 

しかし、前向きな退職?だと思います。

会社からは

「一旦、退職して、働けるようになったらいつでも戻ってきてもいい」と言っていただけました。

 

なんだか、複雑な気持ちになりました。

 

僕が今回、自閉症スペクトラム障害(ASD)と初めて打ち明け、これから精神障害者手帳を取得する方向で進んでいることについても一定の理解をしてくれた印象でした。

 

ますます、転職に対して考え直そうかなと思ってしまった今日の出来事でした。

 

 

 

 

4回目の休職申請のため会社へ行ってきます

どうもゆずゆのパパです。

 

心療内科でいただいた診断書により、休職が2ヶ月延長になりました。 

よって、3月下旬まで休職することになります。これにより適応障害と診断されてから半年を過ぎることがほぼ確定しました。

 

今日、これから会社にその旨を報告し、診断書を提出してきます。

 

適応障害になったきっかけの一つが、会社のストレスでもあるので、本音を言うと行きたくありません。考えただけで、心臓がバクバクします。

 

また、会社から何と言われるのか心配でなりません。

 

おそらく

「これ以上、休職を認めるわけにはいかない」

「そろそろ、他の会社を探してはどうか」

などと言われそうな予感がします。

 

とりあえず、進展があり次第ご報告します。

 

許可が出ました!

3週間ぶりの心療内科

適応障害と診断されてから、もうすぐ4ヶ月。

年末年始は心療内科も忙しく、年が明けてから2週間が経って、ようやくの受診となりました。

 

前回のブログでは、自閉症スペクトラム障害(ASD)と宣告され、今後の生き方を考える内容でした。

 

今回も少し進展があったので、ご報告します。

 

先日の心療内科受診の目的は、会社へ提出する診断書の作成でした。結果は、さらに2ヶ月の休職の延長が決定しました(2020年3月末まで)。体調的には回復していますが、復職するには精神的な不安がまだあるとのことです。

 

しかし、少しずつですが、仕事への準備をしてもいいという許可が出ました!

居ても立っても居られないので、早速ですが、

 

ゆずゆのパパ】動きます!

 

【精神障害者手帳の申請に向けて】

今後、通院を継続しながら、医師の勧めで、【精神障害者手帳】の申請をすることになります。ここで、問題になってくるのが以下の3つです。

  1. 家族・両親への報告
  2. 今の会社に復職?
  3. 10回目の転職?

 

1.家族・両親への報告

現時点で、自閉症スペクトラム障害(ASD)と知っているのは、妻と実家の両親のみです。一応、理解してくれていると思っています。

 

問題は、同居する義理の両親です…。

 

ひとり娘の旦那が、自閉症スペクトラム障害(ASD)であることをどう受け止めるでしょうか?

昨年の義理の両親との衝突もあり、余計に【精神障害者手帳】を申請することについて、なかなか言い出しにくい状況になっています...。

 

すぐには、解決できないので、何かまた進捗があり次第ご報告します。

 

2.今の会社に復職?

一番楽な選択肢です。しかし、今回の適応障害からの自閉症スペクトラム障害(ASD)の根源は、今の会社に転職してきたことから始まっているので、僕の中ではこの選択肢はあり得ません!

 

しかも先ほど、『そろそろ「会社にしがみつくのか」「新しい会社を探すのか」決めてほしい』と連絡がありました...。

 

3.10回目の転職?

またまたまた、転職することになりそうです。しかし今回は状況が違います。

【精神障害者手帳】を申請予定なので、自閉症スペクトラム障害(ASD)【障害者】として転職活動をします。

 

色々と調べたところ、ハローワークの障害者雇用枠で応募したり、障害者専用の転職サイトを利用したりと方法はあるとのことなので、活動状況についても随時更新していきたいと思います!

 

 

2020年は大人の『ASD』から始まります。

パパは大人の『ASD』

我が家では、2019年のクリスマスを無事に終え、息子のところにもサンタさんが来てくれました。

 

2020年まで残すところあと数日となり、慌ただしい気持ちでいた年末の12月28日、今年最後の心療内科の受診でした。そこで告げられたのは、

 

「あなたは、自閉症スペクトラム障害(ASD)です」

 

という、医師の言葉でした。

覚悟はしていましたが、やはりショックでした…。

 

「今後の人生をどのように生きていけばいいのだろう...」

「仕事はできるのか...また転職か...」

「事実を打ち明けるのが苦痛...」

 

そればかりが、頭に浮かんでいました。

最初は、妻に打ち明けました。妻の反応は、

「そっか、仕方ないね。いつ一緒に病院に行ったらいい?」

と、なんともあっさりした回答で驚きました。しかし普段とは違い、こんなに心強い妻で良かったと感じました。同時に、こんなに弱い夫で申し訳ない自分を責めました。絶対にいつか、妻を喜ばせたいと思っています。

 

次に待ち受けるのが、先月、激しい衝突をして以来、僕の話題については一切触れていない同居中の義理の両親です。いつこの事実を話そうか悩んでいます(2020年1月10日現在)。今後の展開についてはまた後日お伝えします。

 

大人のASDって知ってますか?】

 

まず、詳しい『自閉症スペクトラム障害(ASD)』についてはこちら▼

www.nhk.or.jp

 

 ご覧いただいて、いかがですか?

皆さんの周りにも当てはまる人いませんか?

 

僕は36歳になるまでこの気質や特性が、障害だと知りませんでした。だから、職場でのトラブルなどもあり、8回以上も転職してきたのかもしれません。

 

この自閉症スペクトラム障害(ASD)が僕にとって、クリスマスプレゼントやお年玉のような良いことなのか、はたまた、交通事故のような悪いことなのかは、今後の人生の歩み方で分かっていくと思います。このブログを通して、人生の変化を一緒に楽しんでいただけると、励みになります。 

 

そうだ!休職3ヶ月目は楽しもう!

適応障害と診断され、休職して3ヶ月が過ぎました。

その間に、同居する義理の両親との衝突がありました。さらに、最終的に発達障害の中の自閉症スペクトラム障害と診断名が変わりつつあります。

 

そのような状況の中、心境に変化が出始めました。

 

適応障害になった直後は、

  • 早く病気を治さなきゃいけない
  • 家庭のためにバリバリ働かないけない
  • 子供のためにいっぱい遊ばなきゃいけない
  • これ以上、会社に迷惑を掛けちゃいけない

 という、何事も『〇〇じゃなきゃいけない』精神が優先する考えをしていました。

 

しかし、心療内科の先生の話や色々な人の考えを聞いたり、適応障害についての専門書を読んで、ゆっくりですが考えを改めるようになりました。

 

「結局、焦って動き出しても何もうまくいかない」

「これまでもそうだったから」

 

と割り切る気持ちが強くなりました。

 

今回、適応障害になって初めて、自分を見つめ直し、自分の考え方に一時停止してゆっくり歩き出すことを覚えました。

 

  • 「自分で自分を追い込まない」
  • 「考え方を変えてみる術を身に付ける」
  • 「流れに身を任せる」
  • 「なるようにしかならない」

 

昔から、よく母に言われた言葉です。今の状況に陥って知った、身に染みる言葉です。

そうしているうちに、薬の効果もあり、毎日のように続いていた、頭と心臓の痛みを忘れられるくらいにまで良くなりました。

 

『とりあえず、楽しもう!』

この休職期間は、好きなこと興味のあることを無理せずにやってみて、続かなければやめても大丈夫くらいの軽い気持ちでいることが大切だと思いました。

 

現在、僕が取り組んでいる興味のあることは、3つあります。

  1. 初挑戦のブログ【はてなブログ】
  2. 妻に影響されて始めたフリマアプリ【メルカリ 】
  3. 細かな作業が得意【ハンドメイド】

 

1.ブログの作成は適応障害をきっかけにリハビリ日記として始めました。しかし、書いていくうちに、自分の考えを吐き出してスッキリする、このなんとも言えない感覚が心地良くて続けています。(多くの人が読んでくれていると勘違いしています...笑)

 

2.【メルカリ 】は、自分が出品したものが売れると、素直に嬉しいです。また、自分を認めてくれた感覚になります。本音は、休職期間で収入が減るので、自分のお小遣いだけでも稼ぎたい気持ちが強いです(汗)

 

3.【ハンドメイド】は、ピアスを作ってみようと材料を購入しました。いきなりオリジナルを作るのはレベルが高かったです。そこで、100円ショップで簡単に作れるピアスのセットとアクセサリー用の天然石を組み合わせて、作ってみました。

 

実際の作品はこちらです▼

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 意外とイイ感じだと思いませんか!?

 

『今後について』

正直言って、わかりません。

しかし、3ヶ月前、心療内科で泣きじゃくっていた自分と比べて、ここまで回復し、やる気になったこと自体が信じらないです。

 

僕は、社会人になってからずっと心を閉ざしていました(理由については、今後のブログの中で書いていけたらと思います)。

 

しかし、最近では少しずつですが、心の入り口くらいから笑えている気がします。まだまだ心の底まで距離がありますが、とりあえず心の扉は開きました。

 

今後は、周りの人がのサポートを受けながら新しい自分を見つけて育てていきたいと思います。

 

 

義理の両親と激しく衝突…。

適応障害と診断されて3ヶ月を迎えようとしていたころ、家庭内で衝撃的な出来事が起きました。全ては僕が感情的になってしまったのが原因です。精神がまだ落ち着いていない状態であったことがより一層、問題を大きくしました。

 

その日は、心療内科で『AQ』と呼ばれる、自閉症スペクトラム障害のスクリーニングテストとして使われている心理検査』の結果が出ました。適応障害と診断された当初から、担当医から発達障害の中の自閉症スペクトラム障害の傾向があるかもしれないということで、事前にテストを受けていました。

 

『結果を義理の両親に報告』 

心療内科でのスクリーニングテストの結果、自閉スペクトラム障害の傾向がやや強いということでした。パーぺーの質問に回答しチェックリストを点数化したものです。一般的な平均が33点であるのに対し、僕の場合40点でした。50点満点中、33点以下は疑いが低いと言われているので、僕は平均以上で優秀な成績でした…。

 

『AQ』について詳しくはこちらから▼

cocoromi-cl.jp

 

いよいよ、この結果を同居する義理の両親に報告しなければなりません。

 

やはり義理の息子が適応障害という状況と発達障害の疑いがあることに対して、義理の両親的にも状況が、受け入れられない様子でした。

 

ましてや、自分の一人娘の旦那に障害があったらと考えたのでしょう。しかも、目に入れても痛くない可愛い孫の存在を考えると、義理の両親の心境は複雑だったと思います。

 

お互いの言い分は以下のようなことです▼

【義理の両親の主張】

  • なぜもっと早い段階で病院を受診しなかったのか?
  • 物事を堅苦しく考えてしまうから、なにもできなくかなるのではないか?
  • 障害があっても、できないなんてこと絶対ない
  • 最愛の孫に親が障害を持っていると悲しい思いをさせてしまうのではないか?

 

 

【僕の主張】

  • 自分は障害だと思っていなかった
  • 考え方が極端なのは個性だと思っていた
  • 自分の弱い心が原因だと思って、我慢して生きてきた
  • 子供を悲しませないために、心療内科に受診した

 

話は徐々にエスカレートして、お互いイライラしてしまい、ついには僕のほうが精神的にキレてしまいました。その後、パニック状態になって泣きながら訴えるという最悪の状態でした…。

 

ついには、子供(2歳)に「パパ大丈夫?」と不安な気持ちにさせてしまいました。

そこでようやく我に帰り、泣きながら子供に謝りました。

 

そんなことが約3週間前にあった出来事です。

後日、臨床心理士の先生のもと面接と約2時間半にもおよぶ自閉症スペクトラム障害の本格的な検査を行うのでした。

 

休職2ヶ月目。このままでいいのかなぁ…。

適応障害になり休職2ヶ月目を今、振り返ってみたいと思います。

 

葛藤する日々

休職2ヶ月目ともなると、家庭内で気まずい雰囲気が漂い始めます。というより、自分が勝手に思い込むようになります。

 

「自分だけ仕事しないで、家で休んでいていいのか。ここままじゃダメだよなぁ。」

「社会から取り残されたしまった…。」

 

といった、何もしてない自分に対しての不安何もできない自分に対しての憤りの気持ちが生まれました。

 

同居する義理の両親や近所の人の視線がより一層、不安を増大させました。

 

とにかく何かしなければならない。

 

僕の場合は、同居ということもあり、家にいるとさらにストレスが溜まるため日中は出掛けました。動き出してる雰囲気だけでも出そうと、ほぼ毎日、出掛けていました。

 

最初はハローワークに行ってました。

とりあえず、仕事を探して転職しなければならないという衝動に駆られたのです。

ここでも、相談員の人に泣きながら自分の置かれている状況を話すことになります。

 

結局、【適応障害で休職中は具体的な仕事探しをすることはできませんでした。

 

しかし、ある情報を得ることができました。

それが、障害者雇用枠というキーワードです。

 

障害者の雇用について詳しくはこちらから▼

www.mhlw.go.jp

  

次は自分の障害について無知だったので、適応障害について詳しく知っている人に相談したくなりました。

そこで、ネット検索を駆使して、『地域障害者職業センター』という施設があることを知ります。各都道府県に設置されていて、障害者手帳を持っていなくても利用できるサービスがあることを知りました。

 

地域障害者職業センターについて詳しくはこちらから▼

www.jeed.or.jp

 

こちらでも泣き出しました。

結局、相談員の人に言われたのは、適応障害をまずは落ち着かせることを優先するよう促されました。

 

診断から2ヶ月目で、自分の知らなかった、障害者に対する公共サービスに関する情報を得ることができました。加えて、様々な人に相談したことで、自分の中で方向性が見えてきた感覚がありました。

 

その後、通院をするだけで何も具体的に進展がない状態が2週間ほど続きます。もどかしい気持ちだけが残っていました。

 

自分の中で何かが変わった瞬間

相変わらず 家にいても頭が重いく、ストレスを感じる状態が続いていました。

そこで、まずは静かで落ち着ける場所に行きたいという思い始めます。行き着いたのが、図書館でした。

 

これまで図書館を利用するのは、子供の絵本を借りるだけだったので、詳しい利用の仕方が分かりませんでした。周りを見渡すと、音楽を聴いている人や新聞、雑誌を読む人、勉強する人もいました。

なんとなく、僕も同じように本を読んだり、音楽を聴いたりしてみました。

 

こんなにゆっくり、自分の時間を使えたのは久しぶりだ。気分がスッキリする。」という感覚を久しぶりに味わいました。

 

その日以降、近隣の市にある4つの図書館をその日の気分で回る日が続きました。

 

そんなある日、一冊の本に出会います。 

先に、読んだ感想を書きます。

 

今までは

「なぜ、自分だけがこんなに苦労しなくちゃいけないのだろう。」

「自分の人生を早く終わらせたい。」

と思うことが多かったです。

 

しかし、この本の中に登場する発達障害を持つ人たちは、自分よりもはるかに悪い状況に陥っていて、そこから再出発をしていました。それは、想像を超える苦労だったと思います。

 

自分が適応障害になって初めて本気で「障害者が社会に対する生きづらさ」を抱えていることを知らされました。同時に医療福祉系の大学を卒業したにもかかわらず、障害者について何も分かっていない自分が恥ずかしくなりました。

 

この本のおかげで、自分の置かれている状況を理解しようと思いました。そして、今後の人生を前向きに生きていこうと決心したのでした。

 

 簡単ですが、休職2ヶ月目はこんな心身状態でした。

次回のブログにつづく...。

 

 

(続)誰か助けて…心療内科を受診した理由③

2020年がスタートしましたね!

みなさんは、どんな年末年始を過ごしましたか?

 

僕の年末年始は、自分の中では、いつもと違う気がしました。その理由は、僕が適応障害で心療内科に受診中だからです。 

しかも、休職していることを親戚は知っていて、特別何も言ってこないからです。

 

さらに、まだ妻以外の家族や実家の両親、親戚に秘密にしていることがあります。

 

そのことについては、また次回、ブログの中でお話ししたいと思います。

 

お正月は親戚に会うのが少し不安でしたが、特に自分の状況について触れないで普段通り接してくれました。みんな心配してくれているのでありがたいです(涙)

 


ということで、気分を変えて今日も書いてみましょう!2020年の初投稿です!

きっと、どなたか読んでくれていると願って。

 

ブログを始めて約1ヶ月が経ちました。では、前回の復習から。

 

【自分がなぜ、心療内科に受診したのか】

 

主な理由それは、以下の3つでした。

  1. 仕事ができなくなったから
  2. 家庭(特に子供)に悪い影響を与えてしまうから
  3. ​​これ以上、自分に嘘をついて生きていけないから


 今回は『3.これ以上、自分に嘘をついて生きていけないからについて、具体的にお話ししたいと思います。


 まずはじめに、適応障害になりやすい人ってどんな人でしょうか?

 

『適応』と表現されているので、イメージでは【融通が利かない】とか【世渡りが下手】な印象をお持ちになるかもしれません。

 

しかし、適応障害になりやすい気質というのはそれだけではありません。

 

こちらをご覧ください▼

 

www.allin1.co.jp

 

いかがでしたか?

みなさんの中にも、当てはまる点が多かったのではないでしょうか?

 

僕に関しては、ほぼ全ての項目に当てはまっています。人によってストレスに対して強い弱いがありますが、僕は明らかに弱いです。

 

その証拠に、僕の性格の特徴をお話しします。

 

【特徴】

  • 慣れない人の前だとすぐに緊張して、顔や耳が真っ赤になる
  • 仕事になると基本的にテンパっている
  • 人と話すとき正面で話すのが苦手で、目を合わせられない
  • 食事をしているのを見られたくない
  • トイレで横に人がいると緊張して出ない
  • 人混みだと胸がドキドキする
  • 電話に出て受け答えや伝言が嫌だ

 

まだまだありますが、このような特徴により仕事上で様々なトラブルを引き起こしてきました。自分の気質に合っていない場所でのストレスの感じ方は、ほかの人よりも強いので、今回のように適応障害になったんだと思います。

 

もっと早い段階で自分の気質を知っていれば、何度も転職を繰り返さずに済んだと今更ながら思います。

 

もうこれ以上、自分に嘘をつかず、ストレスの少ない仕事や生活をして楽しく生きていきたいと思います。

 

もし、このブログを社会に出る前の学生の人が読んでくれているとしたら、言いたいことがあります。

 

それは、成功体験を積み重ねて、自分に自信を持つことです。

 

僕は、覚えているだけで8回転職しています。その後、適応障害になりました。

 

みなさんは是非、僕のようにならないように色々なことにチャレンジして、楽しい人生を送ってください。

 

 

休職1ヶ月目の心身状態は?

適応障害と診断される直前と休職1ヶ月目を今、振り返ってみたいと思います。

 

泣きながら心療内科を予約

転職して3ヶ月が過ぎた頃、仕事の悩みや不安が出てきたのは自分でもわかっていました。

 

ある日、仕事をしていた時でした。これまでに感じたことのない不安に襲われたのです。【頭痛】【胸痛】により集中力が低下しました。さらに、【精神不安定】【倦怠感】【焦燥感】で突然、涙が止まらなくなりました。



このままじゃ身体が耐えられない…。

 

そう思った自分は、休憩時に泣きながら心療内科のあるクリニックを予約したのでした。

 

「とりあえず1ヶ月休んでください。」

 

そう言われて、安心したと同時に、休むことに対する罪悪感を抱いたのを覚えています。

 

 

『自分が自分じゃない感覚...。』

1ヶ月後には職場復帰すると思っていました。

 

しかし、毎日続く【頭痛】【胸痛】

特に、仕事のことを考えると頭はガンガン、胸はドキドキするのがはっきりとわかりました。今の職場を身体が全力で拒否している感じでした。

 

さらに、【思考能力と記憶力の低下】は著しかったです。家族と会話をしようとしても、言葉が浮かばず伝えることが難しくなりました。つい最近の出来事も、記憶が抜け落ちて思い出すことができませんでした。

 

こんな状態では、働くことができない...。

 

そう思いながらも、何もできません。一日中、寝込んでいる日が多かったです。

次第に、【焦り】【不安】【イライラ】する感情が生まれ始めます。

次回のブログにつづく...。

 

簡単ですが、休職1ヶ月目はこんな心身状態でした。